コンクリートの内側を測る―群馬大学の「加振レーダ」と、点検ロボットがつながる意味
ドローンで橋を撮影すれば、ひび割れや表面の変状を記録できる。しかし、コンクリートの内側で鉄筋の腐食が進んでいるかどうかは、写真だけでは分からない。点検の省人化を次の段階へ進めるには、人が近づく作業を減らすと同時に、取得できる情報そのものを増やす必要がある。
群馬大学の「加振レーダ」と、壁面移動ロボット・ドローンを組み合わせる取り組みは、この課題に向き合うものだ。カワナベ工業、群馬大学、アイ・ロボティクスの3者が参画する事業は、群馬県の2026年度「ぐんま未来共創トライアル補助金」に採択された。
注目したいのは、新しいセンサーを機体に載せることだけではない。大学の計測技術、ロボット企業の移動・保持技術、施工会社の現場知識をつなぎ、内部の劣化を調べる手法を現場で使える工法へ変えようとしている点にある。
磁力で揺らし、レーダで動きを読む
通常の電磁波レーダは、コンクリート内部から返ってくる電波を利用し、鉄筋の位置などを調べる。加振レーダは、そこに「磁力で微小な動きを起こす」という操作を加える。
交流電流を流した加振コイルで磁気的な力を作用させ、そのときに生じる微小な振動をドップラーレーダで捉える。電波の反射から内部の位置を探るだけでなく、磁気的な刺激に対して内部がどう応答するかを観察する技術だ。群馬大学の三輪空司教授らが研究してきた。出典:セコム科学技術振興財団・三輪教授インタビュー(計測原理)
ここで、説明を「さびた鉄筋が揺れるから分かる」で止めてしまうと、研究の重要な部分を見落とす。研究当初は、腐食によって鉄筋とコンクリートの付着が弱まり、鉄筋が動きやすくなるという考え方が出発点だった。その後の検証では、腐食生成物である磁性を持つ黒さびの動きが着目され、X線による観察でも、加振時にさびが動く様子が確認されている。
腐食によって内部に生じた変化を、磁気的な応答として読み出す。この理解が、信号を診断へ結びつける基礎になる。出典:同インタビュー(X線による振動の検証)
一方で、反応の大きさだけから腐食量を一律に決められるわけではない。鉄筋径や、表面から鉄筋までのかぶり厚さなどによって応答は変わる。現場に適用するには、対象条件と判定基準を対応させることが欠かせない。出典:同インタビュー(試験体・現場での評価)
高所で「測れる状態」を作ることが、次の課題になる
内部を調べるセンサーがあっても、橋梁の高所へ安全に運び、必要な範囲を安定して測れなければ、点検の負担は十分には減らない。測定点へ到達するための足場や高所作業車の手配、交通規制、作業員の配置が、点検全体の費用や日程を左右するからだ。
今回の事業は、壁面移動ロボットやドローンを構造物の表面に安定して接触させ、移動・計測する構想を掲げている。レーダが内部の対象を非接触で捉えることと、機体が壁から離れたまま自由に飛んで診断できることは、同じではない。
むしろ技術的な焦点は、高所の壁面でセンサーの姿勢や距離を保ち、計測に適した状態を作ることだ。微小な振動を読む以上、機体側の揺れや接触状態が計測へ与える影響も、設計・検証上の論点になる。
公表された計画では、2026年度に群馬県内の橋梁などで実証を行い、診断精度、移動・接触の安定性、安全性、作業時間を検証する。採択は実用化へ進む機会であり、これらの性能がすでに現場で確立したことを意味するものではない。出典:アイ・ロボティクスの事業発表
なぜ、大学・ロボット企業・施工会社が組むのか
この連携の意味は、それぞれの強みが、点検の工程に沿ってつながるところにある。
群馬大学が担うのは、何を測り、その信号をどう解釈するかという計測・診断の基盤だ。アイ・ロボティクスの技術は、センサーを対象へ運び、現場の制約の中で位置と姿勢を保つ役割につながる。代表事業者であるカワナベ工業の施工・維持管理の知見は、どの場所を、どの条件で、どの程度の手間で調べられれば実務に使えるかという要求を与える。
例えば、試験室で良好な信号が得られても、現場では凹凸、狭さ、障害物、設置・回収の手順が問題になる。計測そのものが速くても、準備と片付けに時間がかかれば、点検全体としての改善は小さい。取得データが専門家にしか読めなければ、報告書や補修判断までの工程も残る。
だからこそ、施工会社が開発の初期から加わる意味がある。装置が出来上がってから使い道を探すのではなく、現場で必要な作業から装置や運用を設計できる。3者の連携は、技術を工法へ育てるための体制として評価すべきだ。
得られたデータを、補修の順番に変えられるか
事業では、鉄筋の状態を可視化する「鉄筋健全度マップ」を、補修の優先順位づけへつなげることも目指している。ここに、単発の点検デモを超える価値がある。
インフラ管理者が必要とするのは、内部の反応を色分けした画像だけではない。どの範囲を詳しく調べるべきか、どこから補修するか、次回の点検で何と比較するかを判断できる情報だ。同じ位置を継続して測り、過去の結果と比較できれば、点検はその時点の記録から、維持管理の計画を支える情報へ変わる。
本誌が実証で注目したいのは、腐食のある場所を検出できるかに加え、健全な場所を誤って異常としないか、繰り返し測って同じ判断に至るか、測れなかった範囲が明示されるかという点である。「反応がなかった」と「十分に測れていない」を区別できなければ、地図の見やすさがかえって過信を招く。
費用の評価も、機体価格や計測時間だけでは足りない。仮設、交通規制、人員、移動、解析、報告まで含めた総作業量で、従来の方法と比較する必要がある。これらは公表済みの実証結果ではなく、現場導入の価値を判断するための評価軸だ。
ドローン点検の価値は、取得できる情報で変わる
ドローン点検は、これまで高所の画像を安全に取得する場面で力を発揮してきた。加振レーダとの組み合わせが目指すのは、そこで得られる情報を、表面の状態から内部の劣化へ広げることだ。
実現には、センサーの精度、機体の保持性能、現場の手順、診断結果の解釈を一緒に詰める必要がある。飛べる機体と優れたセンサーをそろえるだけでは、その間の仕事は埋まらない。
群馬県で始まる取り組みの意義は、その間を大学、ロボット企業、施工会社の連携で埋めようとしていることにある。評価すべき到達点は、「内部が見えた」というデモの成功だけではない。どの条件なら信頼して測れ、その結果で補修の判断がどう変わるのか。そこまで示せたとき、加振レーダは研究成果から、インフラを維持するための現場の道具へと進む。
※本稿は2026年10月3日時点の公開資料に基づく。技術の説明と公表された事業計画に、本誌の分析を加えた。




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