DJIが育てた「DJI包囲網」
- 5月4日
- 読了時間: 11分
電池、センサー、制御、360°映像――ドローン王者の周辺から生まれる新たな対抗軸

飛ぶカメラ帝国の足元で、制御・電池・センサー・360°映像の再編が進んでいます DJIの強さは、いまなお揺らいでいません。
民生ドローン、空撮ドローン、産業用ドローンの多くの領域で、DJIは依然として圧倒的な存在です。
機体設計、飛行制御、映像伝送、ジンバル、カメラ、電池、センサー、アプリUX、量産品質までを一体化する力は、他社が簡単に追いつけるものではありません。
ただし、次の競争構図を考えるうえで重要なのは、単純な「DJI対その他のドローンメーカー」という見方ではありません。
むしろ注目すべきなのは、DJI自身が育てた技術、人材、組織能力が、周辺領域で次々と別会社化・起業化し、将来の潜在的ライバルを生み出しているという点です。
EcoFlowは電池・電源へ、Bambu Labは精密メカと制御へ、LivoxはLiDARへ、ZYTは自動運転へ、FJDynamicsやUnitreeはロボティクスへ、Insta360/Antigravityは360°映像ドローンへ広がっています。
これは、DJIの外側に突然ライバルが現れたというよりも、DJIという巨大なハードウェア人材プールから、次の競争相手が自然発生していると見る方が近いです。
DJIは統合ハードウェア企業
DJIの本質は、単にドローンを作る会社ではありません。
軽量筐体、モーター、飛行制御、ジンバル、カメラ、映像伝送、障害物検知、バッテリー、アプリケーション、量産設計を、消費者が箱から出してすぐ使える完成度までまとめ上げる企業です。
つまりDJIの強さは、単一技術ではなく、複数の技術レイヤーを統合する能力にあります。
このため、DJIから出ていく人材や技術は、必ずしもドローン分野に戻るとは限りません。
電池、カメラ、通信、制御、センサー、ロボット、3Dプリンタ、自動車、農業機械など、さまざまな領域に転用できます。
ここが面白いところです。
DJIで鍛えられた人材にとって、ドローンは最終目的ではなく、応用先の一つにすぎません。
飛ぶ機械で鍛えた技術は、走る機械、歩く機械、撮る機械、蓄える機械にも展開できます。
【電池】EcoFlowは「飛ばないDJI」
EcoFlowは、DJI周辺企業の中でも最も分かりやすい事例です。
創業者のBruce Wang氏は、DJIでバッテリーR&D部門を立ち上げた人物として知られています。
その後、2017年にEcoFlowを創業し、ポータブル電源、家庭用蓄電、アウトドア電源の市場で急成長しました。
ここで重要なのは、EcoFlowがドローンを作っていないことです。
EcoFlowが持ち出したのは機体ではありません。 持ち出したのは、高密度電池、安全制御、急速充電、量産品質、消費者向けハードウェアUXです。
DJIのドローンは、電池技術なしには成立しません。
飛行時間、安全性、充電速度、重量、発熱管理は、すべて電池に左右されます。
その中核技術を担っていた人材が、別市場で電源ブランドを作ったわけです。
この意味でEcoFlowは、ドローン会社ではありませんが、DJI的な企業です。
つまり、飛ばないDJIです。
ここでEcoFlowと比較対象になるのがAnkerです。
AnkerはDJI出身企業ではありません。 しかし、充電器、モバイルバッテリー、ポータブル電源、スマートホーム機器などで、グローバルな消費者向け電源ブランドを築いています。
EcoFlowとAnkerは、DJIの直接競合ではありません。
ただし、ドローンを「空飛ぶ電源付きコンピュータ」と見ると、電源技術を握る企業は将来的にドローン周辺市場に影響を与えうる存在です。
DJIがかつて機体内部に抱えていた電池優位は、いまや家庭、車、屋外、ロボット、映像機材へ広がる巨大市場の一部になっています。
【カメラ】Hasselbladを取り込んだDJI
DJIは、カメラ領域でも外部技術を取り込んできました。
象徴的なのがHasselbladです。
DJIは2015年にスウェーデンの名門カメラメーカーHasselbladへ戦略的出資を行い、その後、MavicシリーズなどでHasselbladブランドのカメラを搭載してきました。
これは、DJIが単なる飛行体メーカーではなく、映像機器メーカーでもあることを示す動きでした。
DJIは空撮を、単なるラジコンの延長ではなく、プロフェッショナルな映像制作体験へ引き上げました。
その意味で、DJIはドローン市場だけでなく、カメラ市場の一部も再定義しました。
ただし現在、そのDJIが逆に映像体験側から攻められています。
その代表がInsta360です。
Insta360は、360°カメラとアプリ編集体験を強みにしてきた企業です。
そのInsta360が、Antigravityというドローンブランドを通じて、360°撮影ドローンの領域に入ってきました。
Antigravity A1は、従来のドローンとは発想が異なります。
従来のDJI型ドローンは、「飛ばして、構図を決めて、撮る」機械です。
一方で、360°ドローンは「まず全方位を撮り、あとから構図を決める」機械です。
この違いは大きいです。
操縦者が飛行中に完璧な構図を作る必要がなくなれば、空撮の価値は飛行制御から、撮影後の編集体験へ移ります。
つまり、主導権が「飛ばす技術」から「映像を扱う技術」へ移る可能性があります。
Insta360が狙っているのは、DJIの飛行性能を正面から打ち負かすことではありません。空撮の価値定義そのものを変えることです。
【360°】AntigravityはDJIにとって厄介な存在
Antigravityについては、整理が必要です。
現時点で、AntigravityをDJIのスピンアウトと呼ぶのは正確ではありません。
公式にはInsta360がインキュベートしたブランドです。
ただし、DJIとの接点がまったくないわけではありません。
DJIとInsta360の間では、飛行制御、構造設計、画像処理などに関する特許係争が起きています。
報道では、DJI側が、関連発明は元DJI従業員による職務発明に当たると主張しているとされています。
つまりAntigravityは、DJIが作った会社ではありませんが、DJIの技術・人材・発明帰属をめぐる問題と隣接する存在です。
ここが、非常に面白いところです。
Antigravityは「DJIから生まれた企業」ではなく、DJIの外側から、DJI的人材・技術流動の問題を突きつける企業です。
そして、360°映像という切り口は、DJIの既存ドローン体験を横から揺さぶる可能性があります。
【センサー】LivoxはDJIが育てた自律移動の目
Livoxは、DJI周辺企業の中でも最も明確に「DJIが育てた」事例です。
Livoxは、DJIのOpen Innovation Programを通じて生まれたLiDAR企業です。 DJI自身も、Livoxを社内インキュベーションから生まれた企業として説明しています。
LiDARは、ドローンだけの技術ではありません。
自動運転、移動ロボット、測量、スマートシティ、物流、農業機械、建設機械など、あらゆる自律移動の「目」になります。
つまりLivoxは、DJIが空のために磨いたセンシング技術を、地上や都市空間へ広げる存在です。
これはDJIにとって成果であると同時に、将来的な競争環境を広げる動きでもあります。
高性能なセンサーが外部に供給されるほど、DJI以外の企業も高度な自律移動システムを作りやすくなります。
センサーを民主化することは、市場を広げることです。
同時に、潜在的な競争相手の足場を作ることでもあります。
【制御】Bambu Labは、3Dプリンタ市場に現れたDJI
Bambu Labは、ドローン会社ではありません。
3Dプリンタの会社です。
しかし、同社の創業チームにはDJI出身者が深く関わっています。
CEOのYe Tao氏をはじめ、飛行制御、機械視覚、カメラ安定化、B2Bソフトウェアなど、DJIの中核領域に関わった人材が集まっています。
Bambu Labが3Dプリンタ市場で起こしたことは、DJIがドローン市場で起こしたことに似ています。
既存市場に対して、完成度の高い統合製品を投入します。
ハード、ソフト、材料、アプリ、量産品質、ユーザー体験をまとめます。
そして、従来のプレイヤーが積み上げてきた市場構造を一気に揺さぶります。
Bambu LabはDJIの直接競合ではありませんが、DJI的な競争原理を別市場に持ち込んだ企業です。
この点で、Bambu Labは非常に重要です。
なぜなら、DJIの強みがドローン固有ではなく、統合ハードウェアを高速に量産する組織能力にあることを証明しているからです。
【自動運転】ZYTはDJI車載のスピンアウト
ZYT、すなわち卓驭科技/Zhuoyu Technologyは、DJIとの関係がかなり直接的です。
同社はDJI車載事業から分社化した自動運転・ADAS企業と見られています。
Reutersなどの報道でも、DJIからのスピンオフとして扱われています。
ここで注目すべきなのは、ドローンと自動車の技術的な近さです。
一見すると、空を飛ぶドローンと地上を走る車は別物です。しかし、自律移動という観点では、必要な技術は重なります。
周囲を認識する。
移動経路を判断する。
姿勢や速度を制御する。
人間の入力と自律判断を組み合わせる。
センサー、カメラ、AI、制御系を統合する。
これは、DJIがドローンで磨いてきた技術セットそのものです。
ZYTは、DJIの自律移動技術が自動車領域へ広がる事例です。
そして将来的には、自動車側で磨かれたAI制御やセンサー融合が、再びドローンやロボットへ戻ってくる可能性もあります。
【ロボティクス】FJDynamicsとUnitreeは量産ロボットの別展開
FJDynamicsは、元DJIチーフサイエンティストのWu Di氏が設立したロボティクス企業として知られています。
農業、建設、測量、施設管理など、労働集約型産業向けのロボットや自動化ソリューションを展開しています。
ここでも、DJI的な技術は空を離れています。
RTK、センサー、制御、屋外環境での自律移動、堅牢なハードウェア、グローバル販売網。
これらは、ドローンだけでなく農業ロボットや建設機械にも必要です。
Unitreeは、DJIスピンアウトとまでは言えません。
創業者の王興興氏は一時DJIで働いたと報じられていますが、DJIが設立に関与した企業ではありません。
ただしUnitreeもまた、DJI的な量産ハードウェア思想を感じさせる企業です。
高性能なロボットを、比較的低価格で、グローバルに出していく。
欧米の高額ロボット市場に対して、深圳・杭州型の量産実装力で挑む。
これは、DJIがかつてドローンでやったことに近いです。
UnitreeはDJI系企業ではありませんが、DJI以後の中国ハードウェア企業が、ロボティクス領域で何をしようとしているかを示す重要な比較対象です。
【通信】DJIの堀はまだ深い
通信は、現時点でDJIの強さがかなり残っている領域です。
OcuSync、O3、O4といった映像伝送技術は、単なる無線部品ではありません。
機体、カメラ、ゴーグル、送信機、アプリを一体化することで、操縦者に安心感を与えるシステムです。
ドローンでは、通信が切れることは単なる不便ではありません。機体喪失や事故につながります。
そのため、通信の信頼性はDJIの大きな防壁です。
ただし、この防壁も永遠とは限りません。
ユーザーがドローンに求める価値が「安定して飛ぶこと」から「簡単に面白い映像が撮れること」へ移れば、通信の価値は相対化されます。
Insta360/Antigravityが狙っているのは、まさにその部分です。
DJIの通信性能を正面から超えるのではなく、撮影体験の定義を変える。
構図の自由度、360°映像、後編集、没入型ゴーグル体験によって、ユーザーが重視するポイントをずらす。
この動きは、DJIにとって地味ですが厄介です。
DJI、Insta360、Ankerの違い
DJI、Insta360、Ankerは、いずれも中国発のグローバルハードウェア企業です。
ただし、支配しているレイヤーが違います。
DJIは、飛行する統合システムを支配しています。
飛ばす、安定させる、撮る、送る、避ける、戻る、編集する。
この一連の空撮体験を、最も高い完成度でまとめてきました。
Insta360は、映像体験を支配しています。
360°撮影、リフレーミング、アクションカメラ、スマホアプリ、AI編集。
ユーザーが撮影後に自由に映像を作れる体験を強みにしています。
Ankerは、電源と消費者向け周辺機器の信頼を支配しています。
充電器、モバイルバッテリー、ポータブル電源、スマートホーム機器。
電気をどう持ち歩き、どう使いやすくするかを押さえています。
この3社を比べると、DJIの将来リスクが見えてきます。
ドローンが「飛ぶ機械」である限り、DJIは強いです。
しかしドローンが、「360°カメラの移動台」「ロボットの一形態」「電源付きセンサープラットフォーム」「AI制御端末」になっていくと、主導権は分解されます。
飛行制御はDJI。
映像体験はInsta360。
電源はEcoFlowやAnker。
センサーはLivox。
精密メカと量産UXはBambu Lab。
自律移動はZYTやFJDynamics。
ロボット量産はUnitree。
このように、DJIが一体で握っていた価値が、少しずつ周辺企業に分解されていく可能性があります。
かつて日本企業が経験したこと
この構図は、日本企業にとって既視感があります。
かつて日本企業は、カメラ、電池、精密メカ、センサー、組込み制御で強みを持っていました。
そこへ深圳を中心とする中国企業が、より速い意思決定、より近いサプライチェーン、より強い量産実装力を持って入り込んできました。
DJIはその代表例でした。
日本や欧州の映像・光学・精密技術を取り込みながら、空撮ドローンという新しい統合製品を作り、市場を塗り替えていきました。
しかし今、そのDJI自身が、同じ力学にさらされています。
自社で育てた人材が外へ出ていきます。
自社で磨いた技術が、電池、3Dプリンタ、LiDAR、自動運転、農業ロボット、四足ロボット、360°ドローンへ展開されます。
さらに、退職後の発明の帰属や特許をめぐる争いも起きています。
これは、DJIが弱くなったという話ではありません。
むしろ逆です。
DJIが強すぎたからこそ、そこに集まった人材と技術が、外に出ても強いのです。
かつて日本企業が経験した「人材と技術の流出による産業重心の変化」を、今度はDJI自身が経験し始めています。
DJIの優位は続き、勝ち筋は変わる
DJIの優位は、すぐには崩れません。
飛行制御、通信、ジンバル、カメラ、電池、センサー、アプリ、量産、ブランド、販売網。
これらを同時に持つ企業は、まだほとんどありません。
ただし、優位が永遠に続くかは別問題です。
ドローンが一体型製品であり続けるなら、DJIは強い。
しかし、ドローンの価値が分解されれば、競争の見え方は変わります。
電池ならEcoFlowやAnkerです。
映像体験ならInsta360です。
精密メカと量産UXならBambu Labです。
LiDARならLivoxです。
自律移動制御ならZYTやFJDynamicsです。
ロボット量産ならUnitreeです。
それぞれは、今日のDJIを正面から倒す企業ではありません。
しかし、それぞれがDJIの価値の一部を切り出し、別市場で磨き、やがてドローン市場やロボティクス市場へ逆流する可能性を持っています。
DJIは、空撮ドローンの王者です。
同時に、次のライバルたちの母体でもあります。
その強さは、いまなお市場を支配しています。
しかし、その強さの中から、次の競争相手が生まれています。
DJIを取り巻く競争を見るときは、単に「どの会社がDJIに勝つか」ではなく、DJIが一体で握っていた通信、カメラ、制御、センサー、電池、360°映像の各レイヤーが、どの企業に分解され、どこから再統合されるのかを見る必要があります。
ここ押さえておきたいところです。











コメント